去る8月20日に、今年度のお盆法要を20人のご縁ある皆様とご一緒にお勤めすることができました。
今回は、初めてお参り下さった四人(武田静子さん、高橋文絵さん、ニルソン・ラドナー・マックスさん、堀出美代子さん)を迎え、挙式を控えているレオ君と婚約者のアキさん、以前の事務所にお参りし始めて下さっていた平田まゆみさん、永井三江子さん、そしていつもお参り下さる三井綾子さん、デイビッドソン夫妻、フォング親子のお二人といった皆さんがお参り下さり賑やかなお盆法要となりました。
皆さんを歓迎する言葉の後、真宗宗歌を歌い、続いて阿弥陀経のお勤めをしました。読経の後は、一人一人にお焼香して頂いた後、子供たちへお盆の起源となったお話しをしました。
お釈迦様がご在世の時に、10人の秀でたお弟子さんがおり、その中の一人、神通力第一の目連尊者というお弟子さんのお話です。ある日、目連は神通力を使い、優しかった母を捜しました。天上界にいると思っていた母は何と地獄界の餓鬼道に落ちていて、骨と皮だけになっているのを見つけだしました。目連は急ぎ食べ物を与えようとするのですが、差し出す物は全て燃えてしまい途方に暮れてしまいます。
どうしたらいいのか相談してきた目連にお釈迦様は、「息子のお前には優しかったお母さんではあったが、他の人と分かち合うことをしなかったために餓鬼道という地獄に落ちなければいけなかったのだ。」と説明され、「お母さんに代わり全ての人たちに食べ物を施すことによりお母さんは救われて行くであろう」、と説かれたのでした。
その言葉に従い、夏の勉強会の終わった日にお釈迦様のお弟子さんみんなを招待し、沢山の食べ物を施したのでした。
それにより、お母さんが救われて行ったのを見て、目連は小躍りし喜んだのでした。そして、それが盆踊りの起源となったのでした。「自己中心で、自分だけの事ばかり考えないで、みんなのことを考えるようにしましょう!」ということをここで私たちに教えています。
とのメッセージを子供たちはしっかり受け止めてくれました。
そして日本語法話では、お盆の語源となったお盆の話を如何に私たちは受け止め味わうべきかについて次のようにお話しさせて頂きました。
皆様、本日はようこそお盆法要にお参り下さいました。先ほど子供たちにお盆のいわれをお話し致しましたが、皆さんもよくご存じのように、お盆は、お釈迦様のお弟子様の一人、目連尊者と、そのお母様の話が起源となっています。
このお話の中で考えてみたいことは、目連尊者のお母さんがどうして餓鬼道に落ちなければいけなかったのか、ということです。
今の飽食の時代に比べ、昔は、本当に食べ物の不自由な時代がありました。私の大学時代の先生のお話ですが、先生が小さかった頃、お母様がよく美味しいお菓子をよく下さったそうです。その時、「外に出て食べたらいけん。よその子が欲しがっても、その子にやるだけないんじゃけん。家の中で食べるのじゃ。」と言われたとのことです。わが子だけに食べさせたいのですね。先生のお母様はお念仏を喜ぶ方でした。わが子であるこの先生にいつも仏様の有り難いお話をして下さったとのことです。南無阿弥陀仏の教えに出遇わなかったら、わが子を育てるためにこのお母様は餓鬼道に落ちていることでしょう。先生は本当にお母様にはいつまでたっても頭が上がらなかったとのことでした。
お釈迦様は、『盂蘭盆経』に「道眼をもって世間を見る」とお説きになられています。真実の智慧の眼でこの世の中をありのままに見れば、人間の行いは全て自己本位であり、母が子供を育てることも、悲しいかな、よその子供よりわが子が少しでも勝っていれば幸せと思い比べて喜ぶのです。比べて喜ぶ子としかできない私たちの姿は悲しい限りです。でも、そこから逃げることも出来ないのも私たちであります。
桐渓順忍(きりたにじゅんにん)和上が、『父母恩重(ぶもおんじゅう)経』の中の「為造悪業」という言葉を説明されて、「子供のために母はどれだけ罪をつくるか計り知れない」と述べておられるのを読んで、私の先生は涙が出て仕方がなかったそうです。自分の子ゆえに迷う親心、子供のために親は罪を作り続けるのであることを知る時、母を餓鬼道に落とすのはこの自分であったのだ、ということに気付くことでしょう。親は、わが子を一人前に育てるために餓鬼道に落ちる。唯々、頭の上がらぬ私と知らされるのです。如来の悲願に出会うこと以外に、親子同時に助かる道はないのです。その、大いなる如来の大悲に感謝するお盆会であることと念じている次第です。
浄土真宗のみ教えに生きる人々(ご先祖)は、お盆の時に帰ってきて子孫の供養を受けるようなことはありません。阿弥陀如来の本願力によって、さとりの世界であるお浄土に生まれ、常に私たちを見まもり導いて下さっているのです。しかし、私たちは毎日忙しくしていてそのことを忘れてしまいがちです。そこでいつも見まもっていて下さる方々を思い出し、自分の命の行方がお浄土であることを改めて確認させて頂くご縁として、お盆法要をお勤めさせて頂いているのです。今日その有り難いご縁に遇えたことを喜び、お念仏し、阿弥陀様のおはたらきに感謝させて頂きましょう。
無事に法要を終え、仏前で全体写真を撮った後は、待ちに待ったお斎の時間、皆様が持ち寄って下さったご馳走を堪能させて頂きました。お昼をご用意頂いた、デイビッドソン・ビクター&ジルご夫妻、三井ブラウン綾子さん、フォング・ノーマンさん、武田静子さん、高橋文絵さん、ニルソン・ラドナー・マックスさん、堀出美代子さん、平田まゆみさん、永井三江子さん、多田将宏さん、ウォング・レオ&チャン・アキさん、そして家内の由紀美へお礼申し上げたいと思います。そして、一緒に集ってくれた子供たち-ラズロ・フォング君、そして我が家の、由信君、亜美&鈴ちゃん、頌君-ようこそのお参りでした。
この日お参り下さいました皆さんのお陰をもちまして、今年度のお盆法要も無事に終えることが出来ましたこと本当に有り難く思っております。また今後の法要もどうか宜しくお願い申し上げます!
合 掌
オーストラリア開教事務所 所長 渡部重信
チベット首相
ロブサン・センゲ氏の特別講演会に出席
於:シドニーオペラハウス
2017年8月5日(土)
キャンベラ在住のダライ・ラマ法王オーストラリア代表部事務所代表のラクパ・ツォコ氏からの招待で、去る8月5日にオペラハウスの「The STUDIO」という小ホールを借りて行われた、ロブサン・センゲ・チベット首相の「21世紀にむけてのチベットの政治・環境・文化・経済」を語る特別講演会に出席して参りました。
センゲ氏は、チベット問題の平和的・非暴力的解決を望むダライ・ラマ14世の立場を尊重しており、2011年の首相を選ぶ民主的な選挙で当選し、首相(主席大臣《カロン・ティパ》)に就任。翌2012年第15期チベット亡命政権議会は『亡命チベット人憲章』を改訂し、首相の称号を「政治最高指導者《シキョン》」と改め、その初代の座に就任された方です。
センゲ氏は1968年にインドの西ベンガル州ダージリン郊外のチベット人亡命地区にて生まれました。彼の誕生日は、公式書類上では3月10日となっていますが、これは、1959年にチベット隆起が発生した日から取ったもので、正確な日は本人も知らないそうです。このことについて彼は「自分の誕生日すら知らないという事実に、私がどんな人生を送ってきたかが集約されている」と語っています。
しかし、その大変だった生い立ちからは想像できないほど彼の話す内容はポジティブで、ユーモアに溢れたもので、聞く人たちを笑いの渦に巻き込んでいました。彼のインタビュアーを務めたリズ・ディープジョーンズさんも、彼の発する楽観的かつダライ・ラマ師より薫陶をうけた智慧ある言葉の数々に笑いをこらえきれなかったり、感銘を受けたりしながらのあっという間の90分間の講演会でした。この有り難いご縁を下さったラクパ・ツォコ氏に深くお礼申し上げます。 合掌
平和と寺院建立祈念のためのシドニーマラソン参加
9月24日(日)午前7時
来たる9月17日(日曜日)に行われるシドニーマラソンに渡部開教使が出走します。
世界の平和と、オーストラリアでの寺院建立祈念の為に走るこのイベントに寄付をと思われる方は、「Peace Run」と明記された上で下記口座までご入金下さるよう宜しくお願い申し上げます。
Account name: Hongwanji Buddhist Mission of Australia
BSB No: 032-197
Account No: 48-1501
Description: Peace Run
今月のことば
金剛心は菩提心
この信すなわち
他力なり
親鸞聖人 一一七三年~一二六三年
Shinran Shonin(1173-1263)
The diamondlike mind
is the mind aspiring for enlightenment,
and this mind is itself
Other Power.
(真宗教団連合刊「2017法語カレンダー」より)
Rev Shigenobu Watanabe